日本政府とタイ政府は2026年6月2日、2027年4月に始まる新たな外国人材受け入れ制度「育成就労制度」をめぐり、制度の適正運用に向けた協力覚書(MOC)を作成した。日本が育成就労制度に関して外国政府と交わした初のMOCであり、技能実習制度から育成就労制度へ移行するうえで、送出し国との管理枠組みが本格的に動き出した形だ。
厚生労働省の発表によると、今回のMOCは、日本側の法務省、厚生労働省、外務省、警察庁と、タイ側の労働省との間で作成された。目的は、育成就労外国人の送出し・受入れについて二国間の約束を定め、外国人本人の保護と制度の適正運用を図ることにある。
本件の独自論点は、単に「タイから人材を受け入れる」という話ではない。育成就労制度では、悪質な送出機関、過大な手数料、失踪、不法就労、受け入れ企業側の管理不足をどこまで抑え込めるかが制度の信頼性を左右する。初のMOC相手がタイとなったことは、日本が新制度を二国間管理型へ移行させる第一歩と見るべきである。
新人記者ナルカ


日本とタイが育成就労制度で初のMOCを作成
厚生労働省は2026年6月4日、日本とタイ王国が6月2日に育成就労制度に関する協力覚書を作成したと発表した。日本側は法務省、厚生労働省、外務省、警察庁、タイ側は労働省が関係する。タイとは既に技能実習制度に関するMOCが作成されていたが、技能実習制度に替わって育成就労制度が運用開始されることを踏まえ、新制度向けの覚書を作成したと説明している。
厚生労働省は、今回のタイ王国とのMOCについて「育成就労制度に関する初の協力覚書」と説明している。
育成就労制度は、技能実習制度を発展的に解消し、人材育成と人材確保を目的として新設される制度である。厚生労働省は、制度が令和9年、つまり2027年4月から施行されると案内している。
覚書の主な内容
発表資料では、日本側、タイ側、共通事項として、それぞれの約束が示されている。要点を整理すると、送出し国と受入れ国が互いに不適切な機関や受入れ先の情報を共有し、必要に応じて調査・対処する枠組みである。
| 主体 | 主な約束 | 制度上の意味 |
|---|---|---|
| 日本側 | 監理支援機関の許可、育成就労計画の認定を適切に行う | 受入れ側の入口管理を強化する |
| 日本側 | 許可取消・認定取消などを行った場合、タイ側へ通知する | 問題ある受入れ先の情報を送出し国と共有する |
| 日本側 | タイ側から不適切な育成就労実施者の通報があれば調査し、結果を報告する | 受入れ企業側の違反を二国間で確認する |
| タイ側 | 送出機関の認定事務を適切に行う | 悪質な送出機関の排除を図る |
| タイ側 | 送出機関の認定取消などを行った場合、日本側へ通知する | 日本側が問題機関を把握できる |
| タイ側 | 日本側から不適切な送出機関の通報があれば調査し、結果を報告する | 送出し段階の不正を追跡する |
| 共通 | 制度運用について必要に応じて随時協議する | 制度開始後の問題を継続的に調整する |
なぜタイが初のMOC相手になったのか
タイは、日本の外国人労働者数で見ると、ベトナム、中国、フィリピン、ネパール、インドネシアなどに比べて規模は大きくない。厚生労働省の2025年10月末時点の外国人雇用状況では、外国人労働者総数は257万1,037人で過去最多となり、国籍別ではベトナム60万5,906人、中国43万1,949人、フィリピン26万869人が上位だった。タイは4万1,468人で、全体に占める割合は1.6%である。
それでもタイが初の相手となった意味は小さくない。タイとは技能実習制度でもMOCがあり、既存の送出し・受入れルートを新制度へ接続しやすい。日本側から見れば、制度開始前に運用モデルを整える相手として、既に行政間の接点がある国から始めるのは現実的である。
一方で、これはタイ人材が急増するという単純な話ではない。むしろ重要なのは、育成就労制度が「どの国から、どの送出機関を通じ、どの受入れ先で、どのように人材を育成するのか」を事前に管理する制度へ移行している点である。送出し国とのMOCは、外国人材受け入れの入口を絞り、責任の所在を明確にするための装置といえる。
技能実習から育成就労へ、何が変わるのか
技能実習制度は、国際貢献を掲げながらも、実際には人手不足産業の労働力確保として機能してきたとの批判が長くあった。高額な送出し費用、失踪、転籍制限、監理団体の質、受入れ企業の労務管理などが問題視され、制度全体の見直しが進められてきた。
育成就労制度は、人材育成と人材確保を正面から制度目的に掲げる。これにより、外国人を「研修生」として扱う建前から、一定期間働きながら技能を身に付け、将来的に特定技能へつなげる制度へ変わる。制度の名称が変わるだけでは不十分で、実際の運用で送出し費用、賃金、転籍、相談体制、受入れ企業の責任がどこまで改善されるかが問われる。
独自視点:MOCは「外国人材の入口管理」そのもの
今回のMOCは、タイとの友好関係や人材交流のニュースとしてだけ見ると本質を見落とす。重要なのは、育成就労制度が始まる前に、日本が送出し国との間で入口管理を制度化し始めた点である。
外国人材の受け入れでは、問題が日本国内で表面化したとき、既に本人が借金を背負い、悪質な仲介者が利益を得て、受入れ企業も人手不足を理由に曖昧な管理を続けている場合がある。こうなると、失踪、不法就労、労務トラブル、犯罪への巻き込まれ、地域社会との摩擦が後追いで発生する。
国益の観点から見ると、必要な外国人材を受け入れることと、制度悪用を防ぐことは対立しない。むしろ、悪質な送出機関や不適切な受入れ先を排除しなければ、適正に働く外国人、まじめな受入れ企業、日本人労働者、地域住民のすべてが不利益を受ける。
したがって、MOCは「外国人材を増やすための手続き」ではなく、「外国人材を適正に受け入れるためのフィルター」と位置づけるべきである。タイとの初MOCは、その試金石となる。
受入れ企業に求められる視点
育成就労制度の下では、企業側も従来以上に説明責任を負う。単に人手不足を補うために外国人を採用するのではなく、育成計画、労務管理、生活支援、相談対応、転籍リスク、特定技能への移行可能性を含めて管理する必要がある。
特に注意すべきは、送出し国側の認定機関を通じて人材を受け入れる場合でも、それだけで日本側の責任が免除されるわけではない点である。給与、労働時間、安全衛生、住居、社会保険、ハラスメント対応、失踪防止は、最終的に日本国内の受入れ企業と監理支援機関の実務にかかっている。
制度が始まれば、受入れ企業は「安い労働力」ではなく、「育成対象の労働者」として外国人材を扱うことが求められる。これができなければ、技能実習制度時代の課題が名前を変えて残るだけになる。
日本社会への影響
2025年末の在留外国人数は412万5,395人となり、初めて400万人を超えた。外国人労働者数も2025年10月末時点で257万1,037人となり、届出義務化以降で過去最多である。人手不足が続くなか、外国人材は既に日本の労働市場の一部となっている。
一方で、受け入れ拡大は地域社会への負担も伴う。日本語教育、住居、医療、交通ルール、税・社会保険、学校、自治体窓口、地域コミュニティなど、制度外の現場で対応が求められるからである。育成就労制度が適正に機能するかどうかは、企業と行政だけでなく、地域社会の安定にも直結する。
タイとのMOCは、制度開始前の一歩にすぎない。今後、ベトナム、インドネシア、フィリピン、ネパール、ミャンマーなど主要送出し国とのMOCがどう整備されるかが焦点となる。とくに外国人労働者数が多い国との調整では、送出し機関の質、手数料、失踪対策、相談窓口の実効性がより重要になる。
賛成・反対・中立の視点
賛成の視点
人手不足が深刻な産業では、外国人材の受け入れを制度的に整える必要がある。MOCにより送出し国と日本が連携し、悪質な送出機関や不適切な受入れ先を排除できれば、外国人本人の保護と日本企業の人材確保を両立しやすくなる。
慎重・反対の視点
育成就労制度が人材確保を目的に掲げることで、外国人労働力への依存がさらに進むとの懸念がある。賃金上昇や国内人材育成が後回しになり、地方や中小企業が外国人材に過度に依存すれば、社会統合や地域負担の問題が拡大する可能性がある。
中立的な視点
受け入れそのものの是非だけでなく、制度の入口、労務管理、費用負担、転籍、失踪対策、地域支援を一体で検証する必要がある。MOCは出発点であり、実際にどの送出機関が認定され、どの企業が受け入れ、どのようなトラブルが発生したかを継続的に公表・検証することが重要である。
今後の焦点
- タイ側の認定送出機関の選定基準と取消情報がどこまで透明化されるか
- 日本側の監理支援機関と育成就労実施者への監督が機能するか
- 来日前手数料や借金問題をどこまで抑制できるか
- 失踪、不法就労、転職トラブルを防ぐ相談体制が整うか
- 主要送出し国とのMOCが今後どの順番で整備されるか
- 育成就労から特定技能への移行が実際に人材育成として機能するか
クロ助とナルカの視点


















編集部まとめ
- 初のMOC:日本とタイは2026年6月2日、育成就労制度に関する初の協力覚書を作成した。
- 制度上の意味:送出し国と受入れ国が、不適切な送出機関や受入れ先の情報を共有し、制度の適正運用を図る枠組みである。
- 国益的示唆:外国人材の受け入れは必要性が高まる一方、悪質仲介、失踪、不法就労、地域負担を防ぐ入口管理が不可欠である。
- 今後の焦点:タイに続く主要送出し国とのMOC整備、認定送出機関の透明化、受入れ企業側の労務管理が制度の成否を左右する。









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