海外へ働きに出たベトナム人労働者の失踪、不法残留、不法就労を巡り、ベトナム政府が制度の締め付けを強める。
ベトナム政府は2026年7月15日、政令283/2026/NĐ-CPを公布した。正式には、労働、社会保険、契約に基づき海外で働くベトナム人労働者に関する行政違反の処罰を定める政令で、2026年9月10日に施行される。
海外就労契約が終了した後などに、正当な事情なく外国に違法残留するベトナム人労働者には、8000万~1億ドンの行政罰が科され得る。1億ドンは2026年8月時点の為替でおおむね約60万円前後に相当する。
ただし、「9月10日から初めて最大1億ドンの罰金が導入される」という理解は正確ではない。
旧政令12/2022/NĐ-CPにも、海外での違法残留や違法残留をそそのかす行為などに対する重い罰金規定は存在した。
今回の重要な変更点の一つは、海外就労に関する行政違反の処罰時効を2年と明記し、従来より追及可能な期間を長くしたことにある。
さらに2026年4月には、ベトナム国内で法律に違反した外国人の国外追放手続きを定める政令59/2026/NĐ-CPも施行されている。
つまりベトナム政府は、海外で違反する自国民と、ベトナム国内で違反する外国人の双方について、在留・労働管理を厳格化する方向へ動いている。
日本ではベトナム人が技能実習・特定技能など外国人労働者の大きな割合を占める一方、技能実習先からの失踪や不法残留、不法就労が長年問題となってきた。今回の制度強化は、日本の外国人労働政策にも直接関係する動きとなる。
新人記者ナルカ


ベトナム政府が政令283号を公布
ベトナム政府の公式法令データベースによると、政令283/2026/NĐ-CPは2026年7月15日に公布された。
施行日は2026年9月10日。
対象分野は、
- 労働
- 社会保険
- 契約に基づき海外で働くベトナム人労働者
に関する行政違反である。
政令は全68条で構成され、個人労働者だけでなく、雇用主、海外就労サービス事業者、仲介・募集に関与する組織や個人など幅広い違反を対象とする。
海外で違法残留すれば最大1億ドン
海外で働くベトナム人労働者について特に注目されるのが、契約終了後などの違法残留への制裁である。
ベトナムの法令情報によると、海外就労契約が終了した後、強制や脅迫など正当な事情がないにもかかわらず、自ら外国に違法に残留するなどの行為について、8000万~1億ドンの罰金対象となり得る。
1億ドンは、2026年8月時点の為替では約60万円前後となる。
ベトナム国内の所得水準を考えれば、個人に対する行政罰として軽い金額ではない。
「最大1億ドン」は今回新設されたわけではない
一方、SNSなどでは「ベトナム政府が新たに不法滞在へ最大1億ドンの罰金を導入した」と受け取れる説明も見られる。
しかし、ここには注意が必要だ。
2022年に施行された旧政令12/2022/NĐ-CPでも、海外就労に関する違法行為に8000万~1億ドンの罰金規定が存在していた。
また、無許可で海外就労者を募集・徴収したり、ベトナム人労働者を海外に違法残留させるため強制、勧誘、誘惑、欺罔したりする行為についても重い処罰が規定されていた。
したがって、今回の政策を「罰金額が突然60万円へ引き上げられた」と説明するのは適切ではない。
本当のポイントは「処罰時効2年」
ベトナム政府公式サイトは政令283号について、行政違反の処罰時効を次のように説明している。
| 違反分野 | 処罰時効 |
|---|---|
| 一般の労働・社会保険分野 | 1年 |
| 契約に基づき海外で働くベトナム人労働者に関する違反 | 2年 |
海外就労分野だけを2年とする点が重要である。
海外で失踪・違法残留した場合、違反が発覚しても本人がすぐベトナムへ帰国するとは限らない。
国外にいる期間が長ければ、帰国時点で行政処分を行うことが難しくなるケースも考えられる。
処罰可能な期間を長くすることで、「時間が経過するまで海外に残れば処分を避けられる」という余地を小さくする狙いがあるとみられる。
ただし、「2年間海外に逃げれば必ず処罰を免れる」「帰国すれば自動的に処罰される」といった単純な仕組みではない。時効の起算点や違反行為の継続性、個別事案の認定は法令に基づいて判断される。
ブローカー・仲介側も処罰対象
政令283号は、海外で違法残留する労働者本人だけを対象とする制度ではない。
海外就労を巡る募集・送り出し・仲介側についても処罰規定を設けている。
例えば、刑事責任を問う水準に達しない場合でも、
- 違法な海外就労募集
- 無許可での金銭徴収
- 労働者を海外へ違法に残留させるための強制
- 違法残留への勧誘・誘惑
- 欺罔によって違法残留を促す行為
などが行政処分の対象となり得る。
「失踪した本人だけが悪い」で終わらせない制度
外国人労働者の失踪問題では、本人だけに責任を求めると実態を見誤る場合がある。
海外就労では、労働者が出国する前から高額な仲介料や借金を負い、現地でより高い賃金を求めて契約先から離脱するケースも指摘されてきた。
一方、SNSや知人を通じて「逃げればもっと稼げる」と勧誘する者や、不法就労先を紹介するブローカーが関与するケースもある。
そのため、違法残留者本人と、違法な移動をあっせんする側の双方を取り締まる制度は、日本の失踪問題を考えるうえでも重要である。
日本ではベトナム人の不法残留が大きな問題
日本にとって今回の制度が注目される理由は、ベトナムが主要な外国人労働者送り出し国だからである。
技能実習、特定技能を中心に、多くのベトナム人が日本で働いている。
その一方で、技能実習先からの失踪後に不法就労へ移行したり、在留期限を過ぎても日本国内に残ったりする事件が各地で摘発されている。
2025年の入管法違反、ベトナムが最多
出入国在留管理庁が公表した「令和7年における入管法違反事件について」によると、2025年に退去強制手続等を執った外国人の国籍・地域別では、ベトナムが最多だった。
ベトナム人全体を問題視する数字ではない。日本で適法に働き、生活しているベトナム人が大多数である。
しかし、日本側の摘発だけで失踪・不法就労を抑えるには限界があり、送り出し国側が自国民に対して制裁・指導を行う意味は大きい。
岩手では不法残留のベトナム人13人を摘発
JP News Focusでは2025年、岩手県でベトナム国籍の男女13人が不法残留容疑で逮捕された事件を取り上げている。
このうち11人は技能実習生として来日後、実習先から失踪したとみられ、中国人ブローカーが農作業などの不法就労先を紹介していた疑いが報じられた。
まさに「失踪者」と「不法就労先をつなぐ仲介者」の組み合わせである。
ベトナム側の制度が実際に執行されれば、こうした海外での違法残留に対して、帰国後も一定期間責任を問える可能性が高まる。
大阪でもベトナム人7人を不法残留容疑で逮捕
2026年6月には、大阪ミナミのベトナム人関連ビルへの捜索で、ベトナム国籍の男女7人が不法残留容疑で逮捕された。
技能実習などの在留資格で来日後、在留期間を過ぎても日本に残っていた疑いが持たれていた。
このような事例が続くなか、送り出し国政府が「海外での違法残留は帰国後も行政処分の対象になり得る」と明確に示すことには抑止効果が期待される。
一方、罰金だけで失踪を止められるのか
制度強化には期待がある一方、罰金だけで失踪を完全に防げるとは限らない。
失踪の背景には複数の要因がある。
- 送り出し機関への高額な支払い
- 渡航前に抱えた借金
- 契約時に期待した賃金との違い
- 長時間労働や労働環境
- 転籍の制約
- より高い賃金を提示する不法就労先
- 悪質ブローカーによる勧誘
違法残留には厳格な対応が必要だが、正規ルートで働き続ける方が有利になる制度設計も同時に必要となる。
受け入れ国・送り出し国の双方で対策が必要
日本側だけで失踪者を摘発しても、送り出し時点で多額の借金を背負う構造や悪質仲介が残れば、新しい失踪者が生まれる可能性がある。
逆に、ベトナム側が労働者を厳しく処罰するだけで、日本側に劣悪な雇用先や違法雇用主が残れば問題は解決しない。
必要なのは、
- ベトナム側による送り出し機関の監督
- 違法残留をそそのかす仲介者の摘発
- 日本側による不法就労雇用主の摘発
- 適正な賃金・労働条件の確保
- 失踪情報の両国共有
- 帰国後の行政処分の適正な執行
を組み合わせることである。
ベトナム国内では外国人の国外追放制度も再整備
興味深いのは、ベトナム政府が自国民の海外就労違反だけを厳格化しているわけではない点だ。
2026年2月13日には政令59/2026/NĐ-CPを公布し、4月1日に施行した。
この政令は、ベトナム国内で行政違反を行った外国人に対する国外追放、行政上の一時拘束、護送、国外追放手続中の管理などを定めている。
旧制度を置き換え、外国人を国外退去させる際の手続きを体系的に再整備した。
政令59号と283号、二方向の在留管理強化
| 制度 | 対象 | 施行 | 主な内容 |
|---|---|---|---|
| 政令59/2026/NĐ-CP | ベトナム国内で違反した外国人 | 2026年4月1日 | 国外追放、拘束、護送、追放待機中の管理手続などを再整備 |
| 政令283/2026/NĐ-CP | 海外就労するベトナム人・関連事業者等 | 2026年9月10日 | 違法残留等への行政処分、海外就労違反の処罰時効2年など |
この二つを見ると、2026年のベトナム政府が、国境をまたぐ人の移動について管理を強めていることが分かる。
「自国民が外国でルールを破る場合」と「外国人がベトナム国内でルールを破る場合」の双方に制度を整備している構図である。
国外追放の「厳格化」と言う場合は注意も必要
政令59号については、「外国人のオーバーステイなら自動的に国外追放されるようになった」と単純化するのは適切ではない。
同政令は、ベトナム法に基づいて国外追放処分の対象となった外国人に対する手続、拘束、護送、管理などを詳しく定めたものだ。
どの違反に国外追放が科されるかは、それぞれの行政違反法令や個別事情によって判断される。
したがって記事では、「外国人の国外追放手続きを厳格・体系化した」と捉えるのが正確である。
日本側に期待される効果
日本で失踪・不法残留しているベトナム人にとって、帰国後にも行政処分を受ける可能性があることが広く知られれば、一定の抑止効果は期待できる。
特に、技能実習先を離脱した後にブローカーを通じて不法就労を続けるケースでは、「日本で摘発されなければ終わり」ではなくなる可能性がある。
ただし、ベトナム政府が実際にどの程度、海外での違反情報を把握し、帰国者に行政処分を執行するかが制度の実効性を左右する。
日本とベトナムの情報連携が重要
政令を実効的な失踪対策につなげるには、日本側が把握した不法残留・不法就労・失踪情報を、法令に基づきベトナム側と適切に共有できる仕組みが重要となる。
例えば、
- 技能実習先から失踪した時期
- 不法残留が確認された期間
- 不法就労先
- 悪質ブローカーの情報
- 帰国状況
などを両国当局が把握できれば、失踪者本人だけでなく仲介ネットワークの解明にもつながる。
罰金収入ではなく「抑止」が目的になるか
行政罰は、実際に適用されなければ抑止力を持ちにくい。
今回の政令が「法律はあるが処分されない」制度になるのか、それとも違法残留して帰国した者に実際に処分が行われるのかが今後の焦点である。
特に日本ではベトナム人労働者の規模が大きいため、今後1~2年でベトナム当局が日本から帰国した違反者をどの程度処分したかを確認する価値がある。
「外国人労働者を守ること」と「違反を処罰すること」は両立する
失踪した労働者の中には、悪質な労働環境や仲介業者の被害を受けた者が含まれる可能性もある。
そのため、すべての失踪を同じ事情として扱うべきではない。
一方、より高い収入を得るため自ら契約先を離れ、在留資格を失った後も不法就労を続けるケースについては、受け入れ国の法秩序を守るため厳正な対応が必要である。
労働者保護と不法残留対策は二者択一ではなく、悪質雇用主・悪質仲介者と、故意に制度を悪用する労働者の双方を適切に取り締まることが重要となる。
クロ助とナルカの視点


















編集部まとめ
- 政令:ベトナム政府は2026年7月15日、政令283/2026/NĐ-CPを公布。
- 施行:2026年9月10日から。
- 対象:労働、社会保険、契約に基づき海外で働くベトナム人労働者等の行政違反。
- 違法残留:一定の海外違法残留行為は8000万~1億ドンの罰金対象となり得る。
- 円換算:1億ドンは2026年8月時点でおおむね約60万円前後。為替で変動する。
- 重要:最大1億ドンの罰金そのものは今回初めて導入されたものではない。
- 大きな変更:海外就労に関する行政違反の処罰時効を2年と明記。
- 仲介側:違法な募集や、海外での違法残留を強制・勧誘・欺罔する行為なども処罰対象。
- 日本との関係:2025年の日本の退去強制手続等ではベトナムが国籍・地域別で最多。
- 別制度:2026年4月1日には政令59号が施行され、ベトナム国内で違反する外国人の国外追放手続も再整備。
- 今後の焦点:日本で失踪・不法残留した後に帰国したベトナム人へ、実際にどの程度処分が適用されるか。
出典
- ベトナム政府「Nghị định số 283/2026/NĐ-CP」2026年7月15日公布
- ベトナム政府「政令283/2026/NĐ-CP全文・処罰時効」
- ベトナム政府「Nghị định số 12/2022/NĐ-CP」旧制度
- ベトナム政府「Nghị định số 59/2026/NĐ-CP」2026年2月13日公布・4月1日施行
- ベトナム政府「外国人の国外追放に関する新規定」
- 出入国在留管理庁「令和7年における入管法違反事件について」
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