高市早苗首相は2026年7月28日、総理大臣官邸で第43回犯罪対策閣僚会議を開催し、「詐欺及びストーカー被害拡大防止のための緊急対策」を取りまとめた。
首相官邸が公表した発言要旨によると、高市首相は「治安・安全の確保」を日本の総合的な国力を強化するための重要政策と位置付け、特殊詐欺やSNSを介した犯罪、ストーカー事件の深刻化に対応するよう関係閣僚へ指示した。
特殊詐欺対策では、振り込め詐欺救済法をめぐる課題の検討、匿名性の高い通信アプリの通信内容を迅速に把握するための法制度、AIを活用した被害防止策などを進める。
ストーカー対策では、被害者の保護強化に加え、加害者へのGPS機器の装着や、治療・カウンセリング受診の義務化といった新たな施策を検討する方針が示された。
ただし、GPS装着やカウンセリングの義務化、通信アプリの内容把握が直ちに始まるわけではない。対象者、裁判所の関与、実施期間、違反時の扱い、通信の秘密や個人情報の保護などを含め、今後の法制度設計が必要となる。
新人記者ナルカ


犯罪対策閣僚会議の概要
- 開催日:2026年7月28日
- 会議:第43回犯罪対策閣僚会議
- 開催場所:総理大臣官邸
- 決定事項:「詐欺及びストーカー被害拡大防止のための緊急対策」
- 重点分野:特殊詐欺、SNS型詐欺、闇バイト、ストーカー被害
- 関係主体:警察、金融機関、通信事業者、医療・カウンセリング機関など
- 首相の指示:各対策を迅速に進め、被害実態に応じて不断に更新する
高市首相が示した危機感
高市首相は、日本がこれまで良好な治安を世界へ誇り、訪日観光客からも高く評価されてきたとした上で、現在は国民の命と財産が脅かされているとの認識を示した。
背景として挙げたのが、2025年に特殊詐欺の被害額が過去最悪となったこと、2026年に入ってからも、いわゆる「闇バイト」による強盗殺人事件が発生したこと、ストーカー禁止命令等の件数が過去最多となったことである。
首相は、禁止命令を受け、ストーカー規制法違反などで刑事罰を科された男性が、被害女性を商業施設で殺害した事件にも言及した。ただし、官邸発言要旨では事件名や当事者名は示されていない。
2025年の特殊詐欺被害額は1423億円
警察庁の確定値によると、2025年の特殊詐欺認知件数は2万7,832件で、被害額は1,423億1,000万円。認知件数、被害額ともに過去最悪となった。
前年の2024年は被害額718億8,000万円だったため、1年間で704億3,000万円増加し、ほぼ倍増した。
| 項目 | 2025年 | 前年比 |
|---|---|---|
| 特殊詐欺認知件数 | 2万7,832件 | 6,789件増、32.3%増 |
| 特殊詐欺被害額 | 1,423.1億円 | 704.3億円増、98.0%増 |
| 既遂1件当たり被害額 | 523.6万円 | 前年350.3万円から増加 |
| ニセ警察詐欺被害額 | 998.7億円 | 特殊詐欺被害の大部分 |
増加の主な要因は、警察官や検察官などを装い、「捜査対象になっている」「資金を調べる必要がある」などとだますニセ警察詐欺である。
警察庁によると、ニセ警察詐欺は1万859件、被害額998億7,000万円に達した。若年層にも被害が広がっており、特殊詐欺を高齢者だけの問題と捉えることはできない。
特殊詐欺対策の3本柱
振り込め詐欺救済法の課題を検討
振り込め詐欺救済法の正式名称は、「犯罪利用預金口座等に係る資金による被害回復分配金の支払等に関する法律」である。
詐欺などに使われた預金口座の残高を基に、被害者へ被害回復分配金を支払うための手続きを定めている。
しかし、犯罪グループは被害金を受け取ると、短時間で別口座、現金、暗号資産などへ移す。口座が凍結された時点で残高が少なければ、被害者へ返金できる金額も限られる。
政府が今後検討する「諸課題」の具体的内容は、官邸発言要旨だけでは明らかでない。口座凍結の迅速化、被害金追跡、金融機関間の情報共有、返金手続きなどが論点になる可能性がある。
金融庁と警察庁は2026年5月、特殊詐欺の被害金を追跡し、移転先口座を迅速に凍結・回復する官民協働型の枠組みを開始している。
匿名通信アプリの内容把握を迅速化
闇バイトや特殊詐欺では、匿名性や秘匿性の高い通信アプリを使い、指示役が実行役へ犯行方法を送る手口が確認されている。
高市首相は、こうした通信アプリの「通信内容を迅速に把握するための法制度」を検討する必要があると述べた。
これは、警察が一般利用者の通信を自由に閲覧できる制度を直ちに導入するという意味ではない。日本国憲法第21条は通信の秘密を保障しており、捜査で通信内容を取得・傍受する場合には、法律上の要件と適正な手続きが必要となる。
現在も、一定の重大犯罪については、裁判官の令状に基づく通信傍受制度が存在する。新制度では、対象犯罪の範囲、通信事業者への保存・提供命令、海外事業者への要請、暗号化通信への対応などが論点になるとみられる。
ただし、具体的な対象アプリ、捜査手法、令状の要否、保存期間は公表されていない。
AIによる被害防止
緊急対策では、AIを効果的に活用した被害防止策の推進も示された。
官邸発言要旨では具体的なシステム名は示されていないが、一般に想定される活用例には次のものがある。
- 詐欺電話の特徴を検知して警告する
- 不審な送金・出金を金融機関で検知する
- SNS上の闇バイト募集を検索・分析する
- 偽の警察官や投資広告に使われる画像・音声を検知する
- 詐欺に利用される電話番号やアカウントの関連を分析する
- 高齢者や家族へリアルタイムで注意を促す
一方、AIによる誤判定で正当な送金や投稿が止められる可能性もある。人による再確認、異議申立て、利用者への説明、個人情報保護が不可欠となる。
ストーカー禁止命令等は3037件で過去最多
警察庁によると、2025年のストーカー規制法に基づく禁止命令等は3,037件で、前年より622件、25.8%増加し、法施行後最多となった。
このうち、危険性や緊急性が高い場合に行われる緊急禁止命令等は1,840件だった。
| 項目 | 2025年 | 前年比 |
|---|---|---|
| ストーカー相談等 | 2万2,881件 | 16.9%増 |
| 警告 | 1,577件 | 98件増 |
| 禁止命令等 | 3,037件 | 622件増、過去最多 |
| うち緊急禁止命令等 | 1,840件 | 前年1,466件から増加 |
| ストーカー規制法違反の検挙 | 1,546件 | 法施行後最多 |
禁止命令が出た後も被害が重大化する事案があることから、政府は被害者を避難・保護するだけでなく、加害者側の行動を管理し、再接近を防ぐ対策を強化する。
ストーカー加害者へのGPS装着を検討
高市首相は、新たなストーカー対策として、加害者へのGPS機器の装着を検討する必要があると述べた。
これは、現在のストーカー規制法が禁止している「加害者が被害者の位置情報をGPSで取得する行為」とは別の制度である。
今回検討されるのは、国や司法機関が一定の加害者の位置情報を監視し、被害者への接近を防ぐ仕組みと考えられる。
制度化には、少なくとも次の項目を決める必要がある。
- 装着対象となる加害者
- 裁判所の命令を必要とするか
- 有罪判決前の人物も対象とするか
- 禁止命令違反歴や危険性をどう評価するか
- 装着期間と更新手続き
- 被害者へ接近した際の警報方法
- 位置情報を閲覧できる機関と職員
- 装置を外した場合の罰則
- 誤作動、充電切れ、通信障害への対応
- 装着終了後のデータ削除
重大な被害を防ぐ効果が期待される一方、行動の自由やプライバシーを制限するため、対象を危険性の高い事案へ限定し、司法審査と不服申立てを保障する必要がある。
治療・カウンセリング受診の義務化
政府は、ストーカー加害者へ治療やカウンセリングの受診を義務付ける制度も検討する。
警察庁は2024年3月から、加害者をカウンセリング・治療機関へつなげる取り組みを強化している。2025年に実際のカウンセリングや治療につながった人数は233人で、前年より49人増えた。
現在の取り組みは、加害者本人の同意や働きかけを中心とする。義務化する場合は、命令を出す主体、費用負担、受診を拒否した場合の対応、医療機関から警察へ提供する情報の範囲などを定めなければならない。
カウンセリングだけで全ての再犯を防げるわけではない。被害者の避難、警察の警戒、禁止命令、逮捕、GPSによる接近監視などと組み合わせる必要がある。
被害者保護の強化も必要
加害者対策が注目される一方、高市首相は「被害者の保護措置の強化」と「加害者対策の強化」の両面が必要だと述べた。
被害者保護では、事案ごとの危険性を早期に判断し、次の対応を切れ目なく行うことが重要となる。
- 一時避難先の確保
- 自宅・勤務先・学校の警戒
- 110番緊急通報登録
- 緊急通報装置の貸し出し
- 住民票など住所情報の閲覧制限
- 職場や学校との情報共有
- 転居費用や生活再建への支援
- 加害者の釈放・出所に関する連絡
被害者が生活や仕事を失って逃げ続ける一方で、加害者への働きかけが不十分という構造を改められるかが問われる。
「検討」と「実施」を混同しない
| 対策 | 現時点の位置付け |
|---|---|
| 緊急対策の取りまとめ | 犯罪対策閣僚会議で決定 |
| 金融機関・通信事業者との連携強化 | 既存施策を含め推進 |
| 振り込め詐欺救済法の見直し | 諸課題を検討 |
| 匿名通信アプリの内容把握制度 | 新たな法制度を検討 |
| AIによる被害防止 | 活用を推進 |
| ストーカー加害者へのGPS装着 | 新施策として検討 |
| 治療・カウンセリングの義務化 | 新施策として検討 |
政府が対策を掲げたことと、国会で法律が成立し、運用が始まることは同じではない。
特に通信内容の取得やGPS装着は、国民の権利を制約する可能性があるため、法律上の要件、国会審議、裁判所の関与、監督・検証の仕組みが必要となる。
匿名アプリ規制を巡る論点
通信の秘密との両立
犯罪捜査の必要性があっても、全利用者の通信を常時監視する制度は認められない。対象犯罪と人物を絞り、令状に基づく手続きを基本とする必要がある。
海外事業者への実効性
匿名性の高いアプリは海外企業が運営していることが多く、日本の捜査機関からの照会へ迅速に応じない場合がある。国内代理人、データ保存、国際捜査共助などの制度が論点となる。
暗号化技術
エンドツーエンド暗号化が使われている場合、運営会社自身が通信本文を復号できないこともある。法的な提出命令を設けても、技術的に本文が存在しない、または復元できない場合がある。
一般利用者の安全
暗号化を弱める仕組みを導入すれば、犯罪者だけでなく一般利用者、企業、政府機関の通信がサイバー攻撃へさらされる危険もある。捜査への協力と情報セキュリティを両立させる必要がある。
対策を支持する視点
特殊詐欺の被害額が年間1,400億円を超え、ストーカー禁止命令後にも重大事件が発生している以上、従来の注意喚起や任意のカウンセリングだけでは不十分だとの意見がある。
犯罪グループが匿名アプリや暗号資産、使い捨て口座を使う中、捜査制度も技術の変化に対応すべきだという立場である。
ストーカー加害者の位置を把握し、被害者へ近づいた時点で警察が介入できれば、殺人や傷害を未然に防げる可能性がある。
慎重な制度設計を求める視点
一方、通信内容の把握やGPS装着は、プライバシーと行動の自由を強く制限する。
警察や行政の判断だけで広く適用すれば、無関係な人の通信や位置情報まで収集される危険がある。禁止命令を受けたという事実だけで一律装着するのか、重大な危険が具体的に認められる場合へ限定するのかも重要となる。
治療の義務化についても、形式的に受診させるだけでは効果が乏しく、専門人材と受け入れ医療機関の確保が必要である。
国民が確認すべき今後のポイント
- 緊急対策の具体的な工程表
- 振り込め詐欺救済法の改正内容
- 匿名アプリの対象範囲
- 通信内容取得に裁判官の令状を必要とするか
- 海外通信事業者への義務
- GPS装着の対象要件
- 装着を命じる裁判所・行政機関
- GPSデータの保存と利用範囲
- カウンセリング義務違反への措置
- 被害者への生活・転居支援
- 施策導入後の効果検証と第三者監督
クロ助とナルカの視点


















編集部まとめ
- 会議:高市首相は7月28日、第43回犯罪対策閣僚会議を開催した。
- 緊急対策:政府は「詐欺及びストーカー被害拡大防止のための緊急対策」を取りまとめた。
- 特殊詐欺:2025年の認知件数は2万7,832件、被害額は1,423.1億円で過去最悪。
- 詐欺対策:振り込め詐欺救済法の課題、匿名アプリの通信内容把握、AI活用を検討・推進する。
- ストーカー:2025年の禁止命令等は3,037件で過去最多。
- 新施策:ストーカー加害者へのGPS装着と、治療・カウンセリング受診の義務化を検討する。
- 未決定事項:対象者、開始時期、裁判所の関与、罰則、データ管理は未定。
- 制度上の課題:被害防止の実効性と、通信の秘密、プライバシー、適正手続を両立させる必要がある。
出典
- 首相官邸公式X「犯罪対策閣僚会議・高市総理発言要旨(速報版)」2026年7月28日
- 首相官邸「犯罪対策閣僚会議」2026年7月28日
- 内閣官房「第43回犯罪対策閣僚会議」
- 警察庁「令和7年における特殊詐欺及びSNS型投資・ロマンス詐欺の認知・検挙状況等について(確定値)」
- 警察庁「令和7年におけるストーカー事案、配偶者からの暴力事案等、児童虐待事案等への対応状況」
- 金融庁「振り込め詐欺等の被害にあわれた方へ」
- 金融庁「特殊詐欺に係る被害金の追跡、凍結、回復に指向した官民協働型枠組み」
- e-Gov法令検索「日本国憲法」第21条
- e-Gov法令検索「犯罪捜査のための通信傍受に関する法律」













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