「外国人労働者が約230万人いなければ日本経済は回らない」。こうした主張が、移民政策や「日本人ファースト」を巡る議論で繰り返し用いられている。しかし、この数字は本当に不可避の現実なのだろうか。結論から言えば、230万人という数は“前提条件付きの推計”であり、政策選択次第で変わり得る数字だ。本記事では、その前提と論点を整理する。
「230万人不足」とは何を意味する数字か
外国人労働者230万人という数字は、「現在の産業構造・賃金水準・働き方を大きく変えない」ことを前提に算出された推計とされている。
具体的には、低賃金・長時間労働、人手依存型のサービス業や中小企業中心の経済構造を維持したまま、人口減少が進めば、日本人労働力だけでは不足が生じる。その不足分を外国人労働者で補うとした場合の規模が、約200万~230万人とされている。
つまりこれは「絶対に必要な人数」ではなく、「現状維持を選んだ場合に不足する人数」を示す警告的な数字だ。
本当に“労働力そのもの”が足りないのか
日本の人手不足は、単純な人数不足というより、働き方や産業構造の問題が大きい。
- 非効率な業務慣行や過剰サービス
- デジタル化・省人化の遅れ
- 賃金が低く人が集まらない職種の固定化
- 高齢者・女性の活用不足
これらを温存したまま「人だけを補充」しようとすれば、確かに大量の外国人労働者が必要になる。一方で、賃金引き上げや業務効率化、産業再編を進めれば、必要人数は大きく変わる可能性がある。
技能実習制度が象徴するトレードオフ
技能実習制度は、低コスト労働力を安定的に確保する仕組みとして機能してきた一方、職業選択の自由や居住の自由など、基本的人権を制約しているとの批判も強い。
結果として、日本の物価や生活水準を支えるコストを、外国人労働者側に転嫁してきた側面は否定できない。
治安の安定、人権の尊重、物価の安定。この三つを同時に最大化する解は存在せず、どこかで必ず負担が生じる。この構造こそが、外国人労働者問題の本質だ。
「日本人ファースト」は崩壊を意味するのか
「日本人ファースト」を「外国人労働者をゼロにする」と解釈すれば、短期的な混乱は避けられない。しかし、
- 賃金上昇を受け入れる
- 物価上昇を一定程度容認する
- 生産性の低い事業の退出を認める
- 受け入れ人数を管理し、治安と秩序を重視する
といった前提に立てば、「崩壊」ではなく「痛みを伴う再設計」と言える。
230万人論が問いかけているもの
230万人という数字が突き付けているのは、「外国人が必要か否か」ではない。
本質的な問いは、
- 安さと便利さをどこまで優先するのか
- 誰がコストを負担するのか
- どの水準の社会を目指すのか
という、日本社会の選択そのものだ。
クロ助とナルカの視点
新人記者ナルカ








編集部でまとめ
- 外国人労働者230万人は、現状維持を前提とした推計にすぎない。
- 産業構造や賃金を変えれば、必要人数は変動する。
- 議論の核心は「日本社会が何を選び、何を捨てるのか」にある。










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